ホークスの歩み

1953年

昭和28年(1953年)


最高殊勲選手・岡本伊三美(右)と蔭山和夫


巨人が大独走したセ・リーグと対照的にパ・リーグはリーグはじまって以来の大混戦。なにしろ東急をのぞく6球団が1度は首位の座にすわり、その首位の座が入れ替わることなんと28回という乱戦だった。1月29日、リーグ幹部が集まって「勝率.350を切ったチームは1年休業」という取り決めをした。なんとか激しいペナントレースにしてファン増加に期待しようということだった。
またこの年、それ以前にもなく以後にもない独特の補強策があった。アメリカで野球選手だった駐留米軍所属の兵隊を軍の休日のときだけ借り入れるという"アルバイト外国人選手"だ。大映はその外国人投手に3連敗して首位戦線から脱落、逆に南海はスケジュールの面で外国人投手に一度も出会わなかった。そのこととは別にセ・リーグ側から「日本シリーズにもそれら投手が出場することは問題だ」と異議が出て、このシステムは翌年以降は禁止になった。
南海は、外国人実力派投手と対戦しなかったという幸運はあったが、かといって「ラッキー」だけではすまされない"まとまりのよさ"があった。前年よく投げたエース・ 柚木進服部武夫らが前年不調で投手のやりくりが苦しく、山本監督は若手の大神武俊(19勝8敗)、井上慎一(14勝5敗)らを起用してしのぎ、後半になって復調した柚木(16勝8敗)がなんとかつないだ。
チームを支えたのは好調を続けた打線だった。トップから蔭山和夫.303=5位、島原輝夫.297=6位、岡本伊三美.318=首位打者、飯田徳治.296=7位、堀井数男.314=2位と5人が打撃ベストテン入りというコンスタントな打力だったが、それを生かしたのが南海得意の"足攻"だった。土井垣捕手が故障欠場した毎日戦では足でかきまわして7連勝、首位への足がかりを作ったりしたのはその典型だった。

3年連続リーグ優勝を決めた南海ナイン、喜びの記念撮影。前列左から堀井、村上、山本監督、小畑、井上、島原、筒井、簔原、中列左から江藤、柚木、黒田、藤井、岡村、中谷、種田、白崎、田中、後列左から大神、飯田、森下、井上、中原、松井、中村、笠原、蔭山、岡本、木塚

(画像左)
山本監督を胴上げする南海ナイン
(画像右)
この年テレビ中継がはじまった

パ・リーグ成績

順位 チーム


西









1 南海 - 11 91 9 15 13 14 120 71 48 1 .597 -
2 阪急 9 - 12 11 14 10 111 120 67 52 1 .563 4.0
3 大映 101 8 - 12 91 121 121 120 63 53 4 .543 6.5
4 西鉄 11 9 8 - 12 101 71 120 57 61 2 .483 13.5
5 毎日 5 6 101 8 - 111 16 120 56 62 2 .475 14.5
6 東急 7 10 71 91 81 - 9 120 50 67 3 .427 20.0
7 近鉄 6 81 71 121 4 11 - 120 48 69 3 .410 22.0

大神投手のピッチング

好打を放った島原輝夫のバッティング

中村大成投手


3年連続の南海-巨人の対決、初戦に南海が勝ったのははじめてのことだった。
南海は1回でいきなり島原岡本飯田の快打、6回も堀井が打って大友を攻略。しぶとい巨人は千葉、樋笠に大友をついだ投手の別所もタイムリー打して3-3で延長。12回裏、南海は代打村上の執念のテキサス安打でサヨナラ勝ちした。
第1戦は大神柚木リレーで勝った南海だが、投手陣のやりくりが大変で第2戦は新人の中村大成の先発。中村はよく投げ、飯田の本塁打などもあって6回まで2-1とリードした。しかし、巨人の威力に中村はあっという間につぶされた。7回、好投の投手藤本がヒットで出ると与那嶺が逆転2ラン、すかさず千葉、南村が連続ホームランというすさまじさだ。
旅行日なしで大阪から後楽園球場へと移った第3戦は2-2の引き分け。南海の中谷投手が別所からホームランを打った。
第4戦は大友、第5戦は入谷と連続完封勝ちで巨人は"王手"。第4戦は2死満塁で打った川上の2塁打が決め手になったし、第5戦は与那嶺が長打するとすぐ千葉が犠飛で返すという抜け目のない攻撃だった。
追い詰められたところで南海は大神投手の完封勝ちで"お返し"をするのだから、前年までの南海とは違った。その甲子園球場で行われた第6戦、巨人打線は9安打しながら、大神のシンカーにとまどった。南海打者の殊勲打は簑原宏
再び旅行日なしで後楽園球場にもどった第7戦、巨人が1点リードした6回表、南海は松井木塚のホームランで逆転したところで前日好投の大神の連投。
それがウラ目に出た。与那嶺の2塁打から南村の同点打、川上の逆転打に、とどめを刺したのは柏枝の左前打。ひとり前日のうちに帰京していた別所からひきついだ大友が投げきった。
南海はよく戦ったが、投攻守にたっぷり戦力を用意した巨人に比べ、最後まで投手力の整備に追われつづけ、「打倒巨人」にはまだまだ距離があることを知らされたシリーズでもあった。

日本シリーズ成績

第1戦 南海1勝 10月10日 大阪24,913人(延長12回)
巨人 0 1 0 0 0 0 1 0 1 0 0 0 3
南海 2 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1X 4
第2戦 南海1勝1敗 10月11日 大阪30,524人
巨人 0 1 0 0 0 0 4 0 0 5
南海 0 0 0 0 1 1 0 1 0 3
第3戦 南海1勝1敗1分 10月12日 後楽園22,546人(9回表1死、降雨コールド)
南海 0 0 1 0 0 0 0 1 2
巨人 1 0 0 0 1 0 0 0 2
第4戦 南海1勝2敗1分 10月13日 後楽園25,953人
南海 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
巨人 0 1 0 0 2 0 0 0 X 3
第5戦 南海1勝3敗1分 10月14日 大阪21,652人
巨人 1 0 0 1 0 0 0 2 1 5
南海 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
第6戦 南海2勝3敗1分 10月15日 甲子園6,346人
巨人 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
南海 0 0 2 0 0 0 0 0 X 2
第7戦 南海2勝4敗1分 10月16日 後楽園21,332人
南海 0 0 0 0 0 2 0 0 0 2
巨人 1 0 0 0 0 0 3 0 X 4
協力:(株)ベースボールマガジン社