ホークスの歩み

1965年

昭和40年(1965年)

南海・三浦は11勝を挙げ、1.57の防御率1位 開幕から無傷の12連勝でパ・リーグ新記録を作った林


南海が圧倒的な強さで堂々の優勝を飾った。30試合の時点で24勝6敗。前半戦で17連勝(1分けで挟む)、10連勝、8連勝、2度の5連勝、連敗が2度しかないものすごさで、7月4日に2位の東京に20・5ゲーム差をつけてしまった。この中には本拠地・大阪球場で19連勝の日本記録も含まれている。
シーズンを通して投手では開幕以来12連勝した林俊彦を筆頭にして新山彰忠が10連勝、杉浦忠が8連勝の快進撃。また三浦清弘皆川睦男スタンカ森中千香良がいずれも好調で、打線では野村克也広瀬叔功ブルームがいいところで打ちまくった。
ことに野村は、9月7日にスペンサー(阪急)をホームランで抜いて三冠部門のトップに立ち、12日には通算312本塁打を打って山内一弘の持つ通算日本記録を抜く、新記録をマーク。結局野村は42本、打率.320 打点110で、戦前の中島治康に次ぐ2人目、戦後初の三冠王に輝いた。野村の本塁打王は5年連続6度目、打点王は4年連続5度目の快挙となった。
また杉浦は5月28日に右腕の痛みが再発してリリーフ専門に転向したが、ここでも新境地を開いて8連勝するなどエースとしてチームの優勝を支えた。

攻守ともパ・リーグ優勝に貢献し、三冠王、MVPとなった野村

パ・リーグ成績

順位 チーム 試合 勝利 敗北 引分 勝率 ゲーム差 打率 防御率 本塁打
1 南海 140 88 49 3 .642 - .255 2.80 153
2 東映 140 76 61 3 .555 12.0 .240 2.88 107
3 西鉄 140 72 64 4 .529 15.5 .246 3.00 112
4 阪急 140 67 71 2 .486 21.5 .234 3.33 130
5 東京 140 62 74 4 .456 25.5 .232 2.90 117
6 近鉄 140 46 92 2 .333 42.5 .235 3.61 91

南海は巨人の右投手に左打者を並べる苦肉の攻撃編成をしていたが、攻撃面で実った分、6失策と守りの破たんから崩れた感じだ。6失策のうち5失策が一塁手だった。珍しい記録だが、これが逆転負けの原因になったのは確かだった。

(画像左)
金田とパ三冠王・野村の対決も話題になった
(画像右)
第4戦、21歳の左腕・林が2失点完投の力投をみせ、南海に唯一の勝利をもたらした

日本シリーズ成績

第1戦 南海1敗 10月30日 大阪30,094人
巨人 1 0 0 0 2 1 0 0 0 4
南海 0 0 0 0 0 0 2 0 0 2

金田○ 杉浦● (本)王(2)柴田(巨)

第2戦 南海2敗 10月31日 大阪30,139人
巨人 0 0 0 0 0 4 0 0 2 6
南海 2 0 0 0 2 0 0 0 0 4

宮田○ スタンカ● (本)長嶋(巨)

第3戦 南海3敗 11月03日 後楽園32,151人
南海 0 0 0 0 0 0 3 0 0 3
巨人 2 0 0 0 0 0 5 2 X 9

スタンカ● 金田○ (本)長嶋 王(巨)

第4戦 南海1勝3敗 11月04日 後楽園31,039人
南海 0 0 0 0 0 4 0 0 0 4
巨人 0 0 0 0 0 0 0 0 2 2

林○ 中村●

第5戦 南海1勝4敗 11月05日 後楽園26,803人
南海 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2
巨人 0 0 0 0 0 2 0 0 1X 3

スタンカ● 城之内○ (本)野村(南)

協力:(株)ベースボールマガジン社