HISTORY

~80年の歴史を振り返る~

1938 - 1946

1938

8位

3月29日、日本職業野球連盟に加盟承認。

1939

5位

プロ野球がこれまでの春秋2期を廃止して1シーズン制に。

1940

8位

1941

4位

1942

6位

神田投手、2年間で49勝。(翌43年21歳で 没)

1943

8位

1944

6位

チーム名を「近畿日本」と改称。

1945

戦争激化のため、公式戦中止。

1946

1位

「近畿グレートリング」と改名、この年創設以来初のリーグ戦優勝。

南海ホークス

1947 - 1988

1947

3位

球団名が「南海ホークス」に。

1948

1位

2度目のリーグ優勝。

1949

4位

日本野球連盟が解散。南海は太平洋野球連盟(パ・リーグ)に加入。

1950

2位

1951

1位

通算3度目の優勝、パ・リーグ初制覇。

1952

1位

最終戦で勝ち1ゲーム差のリーグ優勝。

1953

1位

初のリーグ3連覇も、日本シリーズは3年連続巨人に敗れる。

1954

2位

1955

1位

シーズンのチーム最多勝利記録、99勝をあげてリーグ優勝。

1956

2位

大型打者を集め「400フィート打線」と喧伝される。

1957

2位

野村克也選手、30本塁打を放って初の本塁打王に。

1958

2位

杉浦忠投手、27勝で新人王に。

1959

1位

杉浦投手38勝4敗、日本シリーズでも4連投4連勝で初の日本一に。

1960

2位

打線低調で連覇ならず。

1961

1位

2年ぶりのリーグ優勝。

1962

2位

1963

2位

1964

1位

スタンカ投手が日本シリーズ史上初の3完封で日本一。

1965

1位

リーグ連覇、野村克也選手が戦後初、史上2人目の三冠王に。

1966

1位

3年連続11度目のリーグ優勝。

1967

4位

パ・リーグ初のBクラスに転落。

1968

2位

同率で迎えた最終戦に敗れVならず。23年間監督を務めた鶴岡監督が辞任。

1969

6位

戦後初の最下位。

1970

2位

野村克也選手が、兼任監督就任。

1971

4位

門田選手が2年目で打点王に。

1972

3位

1973

1位

パ・リーグ前後期制を採用、1位に輝く。

1974

3位

1975

5位

1976

2位

1977

2位

リーグ2位となるが、これが南海ホークス最後のAクラスに。

1978

6位

9年ぶりの最下位。

1979

5位

1980

6位

ドカベンの愛称で親しまれた香川伸行選手がドラフト2位で入団、初打席初本塁打。

1981

5位

アキレス腱断裂から復帰した門田選手が44HRでタイトルを獲得。山内トリオが投手陣に。

1982

6位

1983

5位

パ・リーグが1シーズン制に。

1984

5位

1985

6位

1986

6位

1987

4位

10年連続のBクラスに。

1988

5位

門田選手が不惑の年に本塁打・打点で2冠を達成。南海ホークス終焉。

福岡ダイエーホークス

1989 - 2004

1989

4位

福岡ダイエーホークス誕生。初年度は4位。

1990

6位

球団史上最多の85敗を喫する。

1991

5位

1992

4位

平和台球場ラストイヤーは4位に。最終戦は若田部投手が野茂投手に1-0で投げ勝つ。

1993

6位

福岡ドーム元年は最下位に。

1994

4位

秋山幸二選手がトレードで入団。

1995

5位

王貞治氏が監督に就任。2年目の小久保選手が本塁打王を獲得。

1996

6位

日本記録となる19年連続Bクラスに。

1997

4位

1998

3位

21年ぶりのAクラスに。

1999

1位

悲願のダイエー球団としての初優勝、そして日本一に。

2000

1位

リーグ連覇。松中選手、小久保選手のMKコンビで64本塁打・211打点。

2001

2位

チーム203本塁打、小久保選手、松中選手、井口選手、城島選手が30発90打点以上をクリア。

2002

2位

秋山幸二選手がこの年で現役引退を表明。

2003

1位

斉藤投手が20勝3敗でブレーク、16連勝も達成。史上初の100打点カルテット誕生で4年ぶりの日本一。

2004

2位

松中選手が平成唯一の三冠王を獲得。シーズン1位もプレーオフに泣き優勝逃す。

福岡ソフトバンクホークス

2005 - 80th

2005

2位

福岡ソフトバンクホークス誕生。松中選手が松坂投手から1試合3本塁打。

2006

3位

プレーオフで悲劇のサヨナラ負け。エースマウンドに崩れる。

2007

3位

2008

6位

シーズン最下位、王監督が辞任し秋山監督誕生へ。

2009

3位

2年連続での交流戦優勝、攝津投手が新人王を獲得。

2010

1位

SBM48を始めとした中継ぎ陣が活躍。ソフトバンクとなって初のリーグ優勝。

2011

1位

ソフトバンクとなって初の日本一に輝く。日本シリーズでは『森福の11球』が生まれる。

2012

3位

チーム防御率は2年連続TOPもシーズン3位に。

2013

4位

秋山監督になってから初めてBクラスに。

2014

1位

最終戦の直接対決、松田選手のサヨナラヒットでリーグ優勝決定。そして日本一へ。秋山監督退任。

2015

1位

工藤監督が就任。2年連続7度目、球団史上初の日本シリーズ連覇。

2016

2位

筑後市にHAWKSベールボールパーク筑後誕生。シーズン終盤に日ハムの猛追を受けリーグ2位に。

2017

1位

パ・リーグ史上最速のリーグ優勝決定、2年ぶりの日本一に輝く。

2018

80th

福岡ソフトバンクホークスは、球団創設80周年となる2018年を、
歴史あるホークスを支えて頂いたファンの皆様とのつながりの積み重ねに感謝をしつつ、
ホークス自身が一世紀以上の長きに渡り存続することのできる球団づくりを見据えて、
どのような存在を目指すかを考え、それへと向かう挑戦の始まりの年と位置づけています。

また、実際に選手が「球団創設80周年記念ユニフォーム」を着用し試合に臨む
「レジェンドデー」を開催(月1回を予定)し、球団OBによるイベントなどで盛り上げます。

イベント情報