2010/03/07 (日)

松中選手、限定1打席で「開幕4番」に近づく

1回裏2死、松中選手は三ゴロに倒れる。投手はゴンザレス投手
1回裏2死、松中選手は三ゴロに倒れる。投手はゴンザレス投手
1回裏2死、松中選手は三ゴロに倒れながらも、一塁ベースまで走る。左は巨人亀井選手
1回裏2死、松中選手は三ゴロに倒れながらも、一塁ベースまで走る。左は巨人亀井選手
松中信彦選手が、153日ぶりに帰ってきた。巨人とのオープン戦(ヤフードーム)に3番DHで先発出場。昨年10月4日の日本ハム戦以来、5カ月ぶりの実戦出場を果たした。限定1打席で三ゴロに終わったが、昨秋受けた右ひざ手術からの順調な回復をうかがわせ「開幕4番」に近づいた。チームも、主砲の復活を祝福するかのように逆転勝ち。オープン戦首位に浮上した。

一塁まで19歩。松中選手は打った直後、一度足どりを確かめるかのように下を向き、その後は視線を上げながら走った。その一歩一歩に充実感と安堵(あんど)の思いが交錯したに違いない。耐える日の連続から、ようやく抜け出した。「ファーストまで痛みなく走れた。無事に走れた」。時間にすれば、数秒でしかない。だが、松中選手には濃厚な時。胸中を表すかのように、表情はすっきりとしていた。

153日ぶりに帰ってきた。最後に試合でバットを握ったのは、昨年10月4日の日本ハム戦。選手生命さえ危惧(きぐ)された右ひざの傷と戦い、歩くことさえ、ままならなかった。首位チームと最終戦を終えたところでCS欠場、手術を決断した。悔しさはあった。だが、その日を区切りに前だけを見た。1月バット封印。2月はチーム本隊と離れ、完全別メニューでの調整。地道なリハビリでも、この日の走塁と同じように前を見続けた。

3番DH。初球、外角高めの146km/h直球に三ゴロに倒れた。インパクトのタイミングは、ずれていた。それでも、顔は穏やか。「本能のままバットが出て、ファーストまで行けた。これで段階を上げていける」。ひざに圧力がかかる態勢からの歩みが収穫だった。

開幕4番に向け、動き始めた。当初の出場は、代打が予定されていた。松中選手は言った。「7回、8回だとそれまで中(室内)で動いていないといけない。首脳陣に配慮してもらった」。ベースランニングも前日5日に始めたばかり。ステップを踏む練習やアイシングも欠かせない段階。万が一の事態を避けるべく、首脳陣と話し合い、スタメン1打席限定となった。首脳陣も開幕DH構想があるからこそ、初回に必ず打席が回ってくる3番出場に切り替えた。

足の状態を配慮しただけではなかった。秋山幸二監督は試合直前「生きた球を打たないとな」と話していた。相手は昨年15勝の巨人ゴンザレス投手。結果的に1球で終わったが、巨人V立役者の右腕の球を味わう意味は大きい。松中選手は「いい緊張感の中で打席に立てた」と言った。この日を含めオープン戦は残り8戦。限られた時間の中でコンディションを整えていく必要がある。

主砲のカムバックに奮起したチームは7回、オーティズ選手の3号ソロ、田上秀則選手のタイムリーで逆転に成功。8回にも1点加えて逃げ切り、オープン戦首位に浮上した。松中選手は「開幕4番?そこはしっかりとあるし、見えてきたなというのがある」。3月20日。ずっとイメージしてきた開幕4番出場を、きっと実現させる。
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(提供:西部日刊スポーツ新聞社

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