2026/06/21 (日)
E・ZO FUKUOKA

【王レガシープロジェクト】アフタームービー&事後レポート公開!

2026年5月24日()に開催した「OH SADAHARU LEGACY DAY」。
王貞治会長の歩みと精神を、皆さまとともに共有する特別な一日となりました。当日の感動や熱気、そして「FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT」に込められた想いを振り返るアフタームービーと事後レポートを公開します。スーパービッグウォール壁画アートや今後開催する「FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT SPECIAL MATCH」、福岡王貞治レガシー賞など、未来へと受け継がれていくレガシープロジェクトの軌跡とともにご覧ください。

プロジェクトの歩みを映像で

壁画アートの完成から王レガシーデー、そして未来へ向けた新たな展開まで。
「王レガシープロジェクト」の軌跡を映像でご覧ください。

FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT
──未来へ受け継ぐ「レガシー」の物語

ホークスは常勝チームと言われて久しい。

1999年、大阪から福岡に本拠地移転して初めてパ・リーグ優勝と日本一を果たした。翌年にはリーグ連覇。そこから毎年優勝争いに絡むのがまるで当たり前になった。2010年にソフトバンクホークスとなってからリーグ初Vを果たすと、それ以降は昨年までの16シーズンのうちリーグ優勝と日本一を8回ずつも成し遂げてきた。もちろん12球団で最多の回数である。
みずほPayPayドームもいつも満員のファンで溢れ返っている。4万人の大声援。強いホークスや魅力あふれる選手を、熱く、そして温かく応援する幸せな日常がそこにある。

城島健司チーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)は言う。
「僕がキャッチャーとしてホークスに入ってプロ野球選手になった1995年。朝の福岡の街で子どもたちがホークスの帽子をかぶって登校している姿を見ることがほとんどなかった。だけど今、たくさんの子どもたちがホークスの帽子をかぶってくれています。また、運転しているとホークスのステッカーを貼っている車も沢山目にします。ホークスで街が溢れている。ホークスが福岡の街に根付いたことを実感するのです」

王貞治氏の信念とホークス文化の礎

ホークスは福岡の街に欠かせない誇り。
だけど、それが当たり前じゃなかった時代があった。

南海ホークス時代の1978年からダイエーホークス時代途中の1997年まで20年連続Bクラス(リーグ4位以下)というNPB最長級の低迷期があったのを憶えているだろうか。はたまた若い世代のファンの方々はご存じだろうか。本拠地のドームも緑色の空席が目立つ中で試合が行われていた。
「そんなホークスが今、福岡の街に認知されていて、応援されています。それを作り上げたのが王貞治球団会長なのです」
1995年は、王貞治氏がホークスの監督に就任した年でもあった。勝利の美酒を知らない選手たちに「君たちに優勝を味わってほしいんだ」と強く、何度も言い続けた。

そして城島CBOが回顧する。
「僕たちがまだ弱かった時、お客さんもたくさんいなかった時、率先してファンを集めるとか。王さんは、本当に1人でされていた。僕がプロに入った時は練習中にファンの人にサインしていたら『早く次の練習に行け』って怒られていたのを『積極的にサインしなさい』と言われたのが王さんでした。そのような部分は今も引き継がれていると思うんです。だから今の素晴らしい球団、ファンから愛されるホークスがあると思っています。それは今や未来の選手に続けていってもらわないといけない。僕はホークスが変わっていくのを王さんと一緒にやって見ていた。この球団は王さんの考え方が根本にあるチームなのです」

王監督就任でファンは劇的な変化をチームに求めた。だけどすぐに結果がついてくるほどプロ野球は甘い世界ではない。1996年5月、あの「生卵事件」が起きる。負けが続いて怒ったファンがたくさんの生卵をホークスのバスに投げつけた。卵が飛び散って車内からは外の景色が見えないくらいだった。そんな時でも王監督はどっしり構えて絶対に動じなかった。そして宿舎に戻ってからのミーティングでは選手たちに「ああいうファンが本物なんだ。ああいうファンは、勝ったら一番、喜んでくれるんだ。我々にできることは勝つことしかない」と説いたのだった。

プロとは何か。
勝つことへの執念、目の前の試合や1球への準備、そして誰のためにグラウンドに立つのか。

王貞治氏の歩み、考え方、姿勢がやがてホークスの血となり肉となった。そしてホークスは強くなった。ファンや福岡の街に愛されるようになった。いや、受け取るだけではない。ホークスもファンや福岡の街を深く愛している。そんな関係が今もずっと築き上げられている。

「野球界を見渡せば、監督が代わればコーチも代わって、選手の起用や育成も変わり、野球も別ものになるといったことが繰り返されていました。でも、ホークスは王さんが監督を退任された後も球団会長として、30年以上もホークスにずっと携わっています。世界的に見ても30年以上もひとりの人物が球団の幹になってきたチームはないと思うのです。その中でホークスは王監督が退任された後、秋山幸二さん、工藤公康さん、藤本博史さんが監督を歴任され、現在は小久保裕紀監督がチームを率いています。どの監督も王さんが進めてきたものを引き継いでくれたので、ホークスはまったく別の方向に行ったり、後戻りしたりすることなく30年以上進んでいるわけです」(城島CBO)

未来へつなぐ王レガシープロジェクト

この先も10年、30年、50年そして100年と紡いでいくために「ホークスの文化」を、過去の記録や思い出としてとどめるのではなく、次の世代が受け取り、語り継いでいけるように――。

“地域のレガシー(文化的遺産)”として未来へ手渡す。
その思いから2026年1月に、「FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT」は発足し、始動した。
王貞治氏が監督時代に背負い、現在は空き番号となっている背番号89はホークスの野球そのものを象徴する番号として位置づけられている。今後は特定の選手、監督、コーチが背負う番号ではなく、理念と文化を次世代へつなぐ象徴として活用されていく。

4月にはみずほPayPayドームの外周1階に巨大なウォールアートが完成。王貞治氏とホークスをけん引してきたOBたちが描かれ、ホークスが福岡で築いてきた歴史と伝統を感じられるデザインになっており、城島CBOも「例えば、親子でこの前を通る際に、お父さんお母さんが子どもたちに王監督はこういうことをされた方なんだよ。小久保監督は現役時代はこんなバッターだったんだよというような話をできる場所になり、それを聞いた子どもたちがさらに次の世代に伝えていってほしいです。また、ホークスの選手たちにはここに描かれるような選手になることを目指してプレーしてほしいです」と笑みを浮かべて大きな壁画を見上げていた。また、6月25日(木)までBOSS E・ZO FUKUOKA 4F「王貞治ベースボールミュージアム Supported by 博多グリーンホテル」にて、特別展示『王貞治とともに築き上げた福岡のホークス ~受け継がれる王貞治の教え~』も開催中。王貞治氏の教えを受け継いできた継承者たちが当時のエピソードや現在の想いを語る特別映像やパネル、当時のユニフォームや印象深い優勝ペナントの展示など、王貞治氏の教えがどのように受け継がれどのように福岡でホークスの歴史が築かれてきたのかが分かりやすく紹介されている。

そして5月24日()、みずほPayPayドームで行った北海道日本ハム戦で、王貞治氏の歩みと精神を、ファン・地域とともに共有する象徴的な一日として、「OH SADAHARU LEGACY DAY(オウ・サダハル・レガシー・デー)」(略称:王レガシーデー)を開催した。ホークス選手、監督やコーチ全員が背番号「89」の「FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT 特別ユニフォーム」を着用して試合に臨み、入場者に同デザインのレプリカユニフォームが配布された。

前日は会見やレセプションも行われ、王貞治氏とホークスを牽引してきたホークスOBが来場。元監督の秋山氏、工藤氏、藤本氏をはじめ井口資仁氏、内川聖一氏、攝津正氏、デニス・サファテ氏、そして小久保監督、斉藤和巳2軍監督、和田毅球団統括本部付アドバイザー、そして城島CBOが出席した。

試合当日は壮大なセレモニーも行われ、藤井フミヤさんが球団公式セレモニーソング『勝利の空へ』を歌唱する中でグラウンドにレジェンドたちが勢ぞろい。4万超の大観衆の拍手が鳴りやまない胸いっぱいの感動的な光景が広がった。そしてセンターバックスクリーン上部に設置された「FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT」の象徴として「89」のモニュメントがお披露目された。

試合はホークスが初回に4点を先制される苦しい展開だったが、背番号89のユニフォームを身にまとったホークス選手たちが勝利への執念をまさしく体現した。2回に周東佑京選手の3点三塁打などで追いつくと、3回には柳田悠岐選手が一時勝ち越しの2ラン本塁打。その後同点となるも8回に再び柳田選手がチャンスで打席に入り決勝点となる犠牲フライを放ち、ホークスが7-6で打撃戦を制した。柳田選手は「奇跡です。僕だけの力じゃない」と目を丸くし、王会長とのエピソードを問われると「たくさん指導していただき、自分のバッティングの引き出しをつくっていただいた。とにかく振れ、丁寧に打ちなさいと言っていただいた。今日(24日)のホームランは丁寧に打った打球でしたね」と明かした。

受け継がれる誇りと新たな歴史の幕開け

そしてこの日、王貞治会長は次のような声を届けた。
「1995年にホークス球団に入団して32年目を迎えております。その間、ファン、チームメートに支えられてここまでたどりつくことができました。ここにレガシーデーと題し“背番号89”のユニフォームを着て選手がグラウンドで戦ってくれる。こんな名誉な話はない。うれしく思います。ホークスの歴史は、上乗せの時期に入る。もっともっと歴史ができる。ファンに支えてもらえるように頑張っていきます」

また、「FUKUOKA OH SADAHARU LEGACY PROJECT」の発足を記念して、今年11月23日(月・祝)にみずほPayPayドームでOB戦を開催することも決まった。王貞治氏のホークス「監督時代」と「会長時代」に活躍したOBが集結。小久保監督が率いる「王監督レジェンド軍」と、和田氏が率いる「王会長レジェンド軍」が対決する。出場選手は順次発表予定。

加えて「福岡王貞治レガシー賞」の創設も発表された。王貞治氏が福岡ダイエーホークスの監督に就任して以降、ホークスおよび福岡に多大な功績を残した選手、指導者、スタッフなどを顕彰するもので、功績とレガシーを次世代へ継承していくことが目的としている。第1回受賞者は2027年に発表予定。なお、同賞の創設にあたって特別顕彰として、福岡でホークスの監督を務めた杉浦忠氏(故人)、田淵幸一氏、根本陸夫氏(故人)の3人が表彰されることになった。

王貞治氏や選手たちが福岡で切り拓いてきた歴史、体現してきた理念を福岡のスポーツの文化として根付かせる活動はあらゆる形で今後も続けられていく。王貞治氏の歩み、考え方、姿勢は、次世代そしてまた次世代へと、これからもずっと語り継がれるのだ。

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