2008/05/20(火)プレスリリース

7月15日(火)イベント「西鉄メモリアルデー」について

2008年5月20日
福岡ソフトバンクホークス株式会社
福岡ソフトバンクホークスマーケティング株式会社

7月15日(火)イベント「西鉄メモリアルデー」について

福岡ソフトバンクホークスと、福岡ソフトバンクホークスマーケティングでは、「100%エンタ・ドーム宣言 2008」と題しまして、2008年度のすべてのヤフードーム開催のホークス主催試合(68試合)においてバラエティ豊かなイベントを実施いたします。7月度イベント内容のうち、後日公表としておりました7月15日(火)「西鉄メモリアルデー」のイベント概要は以下の通りです。

西鉄メモリアルデー

7月15日(火)の試合は、「西鉄メモリアルデー」として西日本鉄道がスポンサーとなり、始球式を西鉄ライオンズOBの池永正明氏、キャッチャーを同じくOBの和田博実氏が行います。 また、埼玉西武ライオンズは、7月15日(火)、16日(水)にヤフードームで行われる2試合で西鉄ライオンズの復刻版ユニフォームを着用して戦います。

池永正明氏 略歴
1946年山口県出身。下関商業で甲子園に出場、春優勝・夏準優勝の輝かしい成績を収め、1965年に西鉄ライオンズに入団する。1年目にして20勝を記録し新人王に選ばれ、3年目には23勝で最多勝に輝き、鉄腕・稲尾の跡を継ぐエースと目された。
しかし、1969年の黒い霧事件の発覚により、日本野球機構より永久追放処分となった。2006年、日本野球機構よりこの処分が解除となり、35年ぶりに野球人・池永正明として復権した。

 

和田博実氏 略歴
1937年大分県出身。1955年に西鉄ライオンズに入団し、日本シリーズ初制覇となった1956年から頭角を現した。鉄腕・稲尾の恋女房として、稲尾・和田の黄金バッテリーとして名をはせた。1972年の西鉄ライオンズとしての歴史を閉じると同時に現役引退、以後太平洋・クラウン・西武のコーチ・二軍監督を歴任し、1992年までの37年間をライオンズと共に過ごした。


ご参考:【西鉄ライオンズ復刻ユニフォームについて】 (埼玉西武ライオンズリリースより抜粋)

今回の西鉄ライオンズユニフォームは、埼玉西武ライオンズのイベント『ライオンズ・クラシック』で復刻されたものです。このユニフォームは、1954年の日本シリーズから1959年まで使用された西鉄ライオンズのホームユニフォームを復刻したもので、1956年からのジャイアンツを相手に戦い、日本シリーズ3連覇の偉業を果たした、伝説のユニフォームでもあります。
「西鉄」と「ライオンズ」のイニシャルを組み合わせたNLのキャップロゴは、日本プロ野球のキャップロゴでの傑作ともいわれる歴史あるユニフォームです。

 

<本件に関する報道関係の皆様からのお問い合わせ先>
福岡ソフトバンクホークスマーケティング株式会社 広報担当
※一般の方からのお問い合わせにはお答えしかねますのでご了承ください

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