2026/08/30 (日)
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第32回 世界少年野球大会 成田大会レポート

福岡ソフトバンクホークス球団会長・王貞治が、メジャーの本塁打王、故ハンク・アーロン氏とともに立ち上げた「世界少年野球大会」(WCBF)のスタートは1990年(平成2年)。コロナ禍によって2020年(令和2年)から4年間の中断期間を挟んだが、2024年(令和6年)に再開すると、第32回となる今夏は7月30日から8月7日までの9日間、千葉・成田市で開催された。

今大会も日本をはじめ、アメリカ、カナダ、ドイツ、スロバキア、オーストラリア、マレーシア、ネパール、フィリピン、ベトナム、ケニアの計11か国から男女80人が参加。世界野球ソフトボール連盟(WBSC)が選任したコーチ陣が、打撃、守備、投球、走塁など野球の基礎的な技術を丹念に指導。また大会中に行われた国際交流試合では、台湾チームの15選手が成田市内のチームと連日対戦した。今大会の渡航費、用具、練習着などの諸経費はすべてWCBFが負担。また、福岡ソフトバンクホークス株式会社とソフトバンクグループ株式会社はWCBFの理念に賛同、特別協賛社として今大会もその活動を支援した。

86歳の王は、夏の強い日差しの下でも精力的にグラウンドに立ち、子供たちに声を掛け、質問にも丁寧に答え、熱心に打撃指導を行う姿を見せた。
「僕は、自分で野球をやっていた時に、すごく楽しかったことが多かったから、子供たちにも野球をやってもらって、友達を作って、体も強くなるなら、それがいいんじゃないかと思ってね。そういう機会を、我々の小さいときに大人の人たちに与えてもらった。だから今度は、自分たちがそういう場を子供たちに与えられたらいいな、ということから(この大会を)始めたんです。子供たちの目の輝きとか嬉しそうな姿を見ていると、これはやっぱり続けていきたいなと思って、ここまで来ちゃったんですよね」

平成から令和へと、まさに時代を超えて続く、王貞治の〝ライフワーク〟ともいえる今大会には、その歴史の長さを物語るかのように、初期段階の大会に参加していた女性が母親となり、その子供が今大会に参加しているといったケースも誕生している。
世界の子供たちを野球で繋ぎ、世界中に野球の輪を広げたい――。王が抱き続けているその『夢』と、未来の野球界を担う子供たちへの思いを、改めて聞かせてもらった。

(※故人以外は敬称略)

ティースタンドに置かれたボールに向かって、子供たちがフルスイングする。ゴム製の柔らかいボールだが、芯に当たれば「キン」という鋭い金属音とともに、20メートルほど離れたところでグラブを構えている仲間たちの頭上も、楽々と越えていく。

おー、いいねえ。

嬉しそうな声とともに拍手を送る王のその姿は、監督時代によく見たポーズと全く変わらない。猛暑の中、送風機が常備されたテントからの視察を周囲から勧められ、そこにいったんは座るのだが、しばらくすると、また立ち上がって子供たちのもとへと向かう。86歳になった今もなお、野球への情熱は不変だ。打球音や子供たちの歓声を聞くと、もう、じっとしていられないのだ。

最初は、誰もが上手じゃないんです。ボールも捕れないし、バットにボールも当たらない。だけど、やっているうちに当たってくるわけですよ。そうなると、それが自信になっていく。大谷(翔平)君のような選手だって、最初は上手じゃなかったはずですよ。それが続けてやっていると、ああいう風に上手な選手も出てくる。子供たちがノックを受けているのを見ても、みんな年齢の割に上手ですよ。監督やコーチの人がご苦労されているんだろうけど、やっぱり、きちっと反復練習をしているからいいんですよ。最初から上手くできないのは当たり前だから、やめないで、少しずつやっていってほしい。できるようになってきたら、もっとやりたいという気持ちになるし、せっかくやり出したんだから、続けてほしいですね。

王の切なるその思いが、野球教室での練習内容にもしっかりと反映されている。 「打」「投」「守」「走」の4パートに分かれ、グループ分けされた選手たちは、時間を区切って、そのセクションで指導を受ける。868本の世界本塁打記録を持つレジェンドは、やはりと言うべきか、ついつい「打」のセクションに足が向かい、子供たちの背後から、じっと見ている。

ボールの、もっと上の方を振ってごらん。

空振りを繰り返していた女の子に、王がふと声を掛けた。普通なら「ボールをしっかり見て」と、ミートポイントに集中するように指示するところだろう。ところが、王のアドバイスは、実に意外。聞いているこちらの方が、正直、えっ?と思ったほどだった。

ボールの1個、2個くらい上でもいいよ。

いや、そこにはボールがないですよ?聞いているこちらも、その意図が最初はよく分からなかった。ところが、その指示通りに振った女の子は、見事にジャストミート。鋭いライナー性の当たりが、センター方向へ一直線に飛んでいくと、打った本人も打球を追いながらびっくりしている。「いいねえー」 と笑顔でうなずく王に、その〝指導の極意〟を聞いてみた。

力が入れば入るほど、バットのヘッドって下がるんだよ。子供たちの感覚では、一生懸命にちゃんとボールを打とうとしているんだよね。でも、バットの長さや重さで、どうしてもヘッドが下がるんだよね。だから、自分が思ったところよりも下に当たってしまう。

つまり、非力ゆえに、バットが波打つ状態になる。ヘッドが落ちることを瞬時に見抜いた王は、その〝矯正法〟として、下がる分だけ上の方を目掛け、あえてボールの存在がない〝空間〟を振らせたのだ。 その観察眼たるや、さすがは世界のホームランキングだと、改めて痛感させられた。

こうやってみたら当たった。こんな感じか、というのを覚えれば、自分の感じになっていくからね。飛ばしたいとか、強い球を打ちたいとか、そういうことを思うと、余分なところに力が入る。ここに来ている子供たちも、高校野球の選手たちも、プロに入ってきてやる選手たちも、この感覚的な部分をどう自分で調整していくか、なんだよね。試合で打てる人、打てない人っていうのは、はっきり言ったら、そういうところがうまい人とうまくない人、っていうことの差ですよ。

子供であろうが、プロであろうが、言い方やレベルに応じての教える内容は違えども、その〝中身〟は変わらないというわけだ。

彼らに分かりやすいように言ってやらないとね。打つにはこうだよ、って本来のことを言ったって、子供たちには分かんない。だって、バットをそんな思い切りまだ振れない子供たちに、ちゃんと振れるプロと同じようなことを言ったってダメなんだ。そのレベルに合わせた言い方をしないとね。難しいことを言って、かえって難し過ぎたら、野球を辞めちゃいますよ。彼らにはまだ、完璧なものを求める必要はないんだから。おい、野球、楽しいか?面白いか?これでいいんですよ。

ボールの「上」を振れという指示は、まだ非力な小学生レベル、あるいは女の子向けのものなのだ。しかし、それで「ボールを打つ」「遠くへ飛ばす」という感覚と喜びを知れば、その感覚を再現すべく、また自分で考え、工夫して、打席に向かう。その野球をやる楽しさを知って欲しい。そのきっかけ作りの場にしてほしい。

だから「走」のセクションでは、ホームランを打ったシーンを想像して、スイング、ホームラン、喜ぶ、ダイヤモンド一周、ホームで仲間が待ち受け、全員にハイタッチという「セレブレーション」の練習というメニューが組まれていた。さらに4日の練習では、ブルーシートの上にたっぷりと水をまき、滑りやすくした状態で、シート上に置かれたベースに向かって、ヘッドスライディング。水しぶきを上げる姿に、子供たちの歓声が沸く。そうやって楽しみながら、ヘッドスライディングへの〝恐怖感〟も克服できるようになる。 その〝スプラッシュ・スライディング〟を、王はその傍らで楽しそうに眺め、びしょ濡れになった子供たちを、ハイタッチで迎えていた。

成田で開催された第32回世界少年野球大会(WCBF)には、福岡ソフトバンクホークスでCBO(チーフ・ベースボール・オフィサー)を務める城島健司も参加した。大会中の8月4日には、城島CBOが自ら講師を務める「中学生特別企画・野球教室」が開催され、所属するチームで捕手を務める千葉県内の中学生16人を対象に、およそ2時間にわたっての熱血指導を繰り広げた。

俺、14歳の時だったと思う。
1991年4月14日、相浦中3年生の城島は、佐世保球場で開催された野球教室に参加した。その時の講師が、巨人監督を勇退後、野球評論家として活動していた王だった。
「君は体も大きいし、才能もある。将来は巨人に入りなさい」
1976年6月8日生まれの城島にとっては、その鮮明な記憶の通り、14歳での〝王との出会い〟だった。恵まれた体躯に高い野球センスを感じた王は、城島少年に「ジャイアンツに入りなさい」と、将来のプロ入りを勧めていたという。

そう言われて、なんか、体がそれこそふわふわして、その夜、左で、一本足打法でバットを振っていた城島少年がいたんですよ。
その強烈な思い出があるから、今回の野球教室でも、城島は打撃練習で参加者全員に声を掛けて、個別にアドバイスを送った。

王さんに憧れて、初めて野球選手に会って、その時の思いがある。王さんの足元にも俺は及ばないけど、こうやってホークスの人間、球団の人間として、野球人口を増やしていくために、何か彼らの刺激になるようなことができればいいかなと。これくらいの人数で、この子に教えて、この子に教えていないっていうのも、何かちょっと、かわいそうじゃない?だから、できる限り何かしてあげたい、というのがあってね。

ティー打撃だと、正面にネットがあり、そこに向かって打つのだが「あんな枠に入れなくてもいい。歯を食いしばって、思い切り、100%で打て」とフルスイング指令。右打者の右かかとのところに置いたボールを踏ませながらスイングさせ、時には城島自ら、選手の右太ももを後方に引っ張ったりしたのは「軸足にしっかりと力を入れさせるため」とバラエティーに富む練習法も披露。また、引率してきたチームの指導者にも対して個々の選手に応じた今後の指導ポイントも伝えるなど、選手たちの〝その後〟も見越した上での、実にきめ細かい指導ぶりだった。

守備練習では、王会長が見守る前で「よく理不尽に怒られましたよ」と大胆にもボヤいて見せて、選手たちの笑いを取りながらも「それだけ、キャッチャーの役割っていうのは大きい」と呼び掛け「肘の曲がった、一番力の入るところで球を捕りなさい」とゴールデングラブ賞8度の名手による〝キャッチングの極意〟を伝えた。さらに「ストライクゾーンの球は絶対に後ろにそらすな」と両ひざを落とし、胸のプロテクターに当ててワンバンド投球を前に落とす一連の動作を、選手たちと一緒に繰り返すなど、日米で18年間にわたって活躍し続けてきた〝捕手・城島〟としての雄姿も、まだまだ健在だ。

野球って、僕は仕事でやっているから、何かこう、目を吊り上げてやっているじゃないですか。でも、子供たちを見てください。野球のルールも分からない国の子が来て、言葉も通じないのに、ニコニコしている。やっぱり野球って、楽しくなきゃダメなんです。シーズン終盤、1軍もピリピリした状況で、僕もそれにガッツリ関わっている中で、この大会は僕にとっても、すごく大事な野球の原点、やっぱり野球は楽しくなきゃいけない。去年もそれを感じたんですけど、僕にとってはすごく大事な時間ですね。

昨年の秋田・大曲に続いての2年連続でのWCBF参加は、王がこの大会を丹念に育て上げてきた〝意義〟に深く賛同しているからだと、城島は改めて強調した。
これが32回目。中止になったり、大会を立ち上げる準備期間を考えたら、それこそ40年前くらいからこの活動が動き出しているわけじゃないですか。その頃はサッカーのJリーグもないし、他のプロスポーツもあまりないような頃に、野球人口を増やしていかなきゃいけないとか、という風なことを、王会長はずっと考えてやられてきたわけですよ。それはまさに今、僕の仕事なわけですよ。

その〝王イズム〟を、次世代に伝えていきたい――。
会長の後も、ちゃんと俺は引き継いでいかなきゃいけないと思っています。でも実際、これを会長は監督をしながらやっていたわけですからね。それこそ、小久保さんがシーズン中に、ここへ来るみたいなもんですからね。仕事、多すぎますって。だから、王会長ってホント、宇宙から来たような人なんです。僕らが直面している問題に、ずっと前から取り組んできている。すごいなと思いますよ。王さんがいるから、やっぱり続いている大会でもあるんで、それを継続させるようにしなきゃいけないのが、僕らの仕事だと思っています。こんないい取り組みを途絶えさせたくないなというのが、俺の気持ちです。

〝後継者〟の自覚を胸に、城島のWCBFにかける思いにも、そして、子供たちを指導する姿も、決して師に負けないほどの熱さが伝わって来た。

表情を見ているとね、嬉しそうにやっていますよ。特に野球をこれまでやったことのない子がやってみて、驚きがあるわけですよ。バットとか持ったことがない、ボールも投げたことのない子が、最初はうまくいかないのが当たり前。それが、バットにボールが当たって飛んだりすると、女の子たちは特にそうだけど、最初はびっくりですよ。でも、その次に『よし、もっと』という気持ちになる。そういうことにチャレンジさせるのが我々の目的なんでね。最初、取っ掛かりのところで、バットを振ってボールが当たらないと面白くないじゃない?だから、ちゃんと当たるようにね。こうやったらこんな感じになって、と自分である程度、分かってくれればね。こちらは、野球を続けてもらうのが狙いだから、続けてもらうためには、自分はできるんだとか、面白いんだとか思ってもらわないとね。

野球をやる喜びを、もっと知って欲しい。
「今もときめくんだよ」と王が愛してやまない「野球」の魅力を、世界中の子供たちに伝えたい。そうやって、次世代に野球を繋げていくための〝下地〟を作るためなら、王は盛夏のグラウンドに立つことだって、全くもって厭わないのだ。

(取材・文 スポーツライター・喜瀬雅則)

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