2013/07/29(月)球団

斉藤コーチが会見「悔いしかない。でも、心から感謝」「ピッチャーで、よかった」

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斉藤コーチ退団会見

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7月29日(月)、斉藤和巳リハビリ担当コーチがヤフオクドーム内のプレスカンファレンスルームにて会見を行い、これまで目指してきた現役復帰を断念し、今月末をもってチームを退団することを発表しました。
斉藤コーチは1995年ドラフト1位で福岡ダイエーホークスに投手として入団。当初から右肩の故障に悩まされ手術も行いましたが、それを乗り越えて2003年には20勝をマークしチームの大黒柱となると、2006年にも18勝を挙げて最多勝と最優秀防御率、最優秀投手賞の「投手3冠」に輝きました。また、両年とも投手最高の栄誉といわれる「沢村賞」を獲得しました。通算150試合に登板して79勝23敗、防御率3.33の成績。チームのエースのみならず、精神的支柱として常にチームの先頭に立ってきました。
しかし、2008年に再び右肩を手術。2010年2月にも右肩にメスを入れ、2011年シーズンからは選手登録を外れてリハビリ担当コーチという肩書のもと、マウンド復帰を目指してリハビリを続けてきました。しかし、この度、斉藤コーチ本人からの申し出により、現役復帰断念ならびに退団という形となりました。

以下、会見の一問一答。

「本日をもちまして復帰に向けたリハビリを終了すること決めたことを報告させていただきます。18年間という長いプロ野球人生、中身は短かったかもしれませんが、このように決断をさせてもらったことに球団には感謝しています。18年間、ありがとうございました」

――今の心境は?
「悔いが残っている。悔いしかないですね」

――このタイミングでの発表となった経緯は?
「今シーズンが始まる前に、自分の中ではっきりしないといけない年かなと思っていました。僕には期限がありました。(登録期限の)7月31日。投げられるか、投げられないか、判断をしないといけないと思ってスタートした年でした。実は昨年、ユニフォームを脱ぐことも考えましたが、周りの方からもう一年やった方がいいのではという言葉やアドバイスもいただき、この一年をやることを決めました。だけど、それならば今まで以上の覚悟をもっていかないといけない。そうでなければ、今までやって来たことがブレてしまう気がして、とにかく期限ぎりぎりまでやってきました」

――決断の要因は?
「手術をする時から厳しいリハビリがあることは分かっていた。だけど、自問自答したときにまだ投げたい気持ちが強かったので、球団にも了承を経て手術をさせてもらった。手術をするにあたって、投げるだけでは満足できない。一軍で投げて、一軍の戦力になるというのが決断の大きな要因だった。それを考えると、この1か月、自分の中でイメージできなくなっていた。それが出来ないのであれば、けじめをつけるのが一番いいのかなと思った」

――王会長や秋山監督にはどのようにご報告を?
「直接会ってお話ししたのは最近のこと。このリハビリ期間、よくここまでやったというよりやらせてもらったという思いの方が強い。感謝の気持ちを伝えました。王会長からは『波乱万丈だったな』と言われました。僕自身もそう思ったので、周りから見ても同じだったんだなと改めて感じた。秋山監督には『よくここまで頑張ったな。良い時も知っているし、苦しい時も知っている。それがオマエの財産。それを生かしなさい』と言っていただきました」

――昨日28日には、最後の練習でブルペンに入りピッチングを行ったと聞いています。
「さみしい気持ちはありました。だけど、ピッチャーでよかったなと思いました」

――この6年間のリハビリを改めて振り返って
「なかなかこのような野球人生を歩んでいる人もいないと思う。今後の人生にも大きな財産になったと思うので、そのような時間を作っていただいた球団の方に感謝しています」

――以前、馬原投手(現バファローズ)をはじめ、怪我で苦しんだ多くの選手たちが斉藤和巳さんの姿から、多くを学び、前を向くことができたと言葉にしていました。
「肩書がコーチであれ選手であれ、僕は今自分のやるべきことを常に全力でやるのが当たり前になっていた。そういう姿を見てどういう風に感じてくれたのかわからないが、頑張ってきてよかったなと思える一つではあります」

――この18年間で印象深いシーンといえば?
「プロとしてスタートを切ったなと思えたのが初勝利の試合。ずっとお世話になった小久保さんのホームランで勝って、2人でお立ち台に立てた。僕はそのイメージをもって目指してきた部分もあったので、それが現実に起きたことで自分の中で何か覚醒したように感じました。僕の中で、何かが変わった1試合でした」

――その小久保さんについて
「電話で連絡させていただきました。『あまりズルズルやるよりも、そうやって決断したオマエに敬意を払う』と言ってもらえました。小久保さんは野球だけではなく、一人の人間として常に背中を追っている人。一緒にいるだけで勉強になる。でも、追いかけても常に全力で前を走っているので、なかなか追いつけない」

――ホークスの後輩たちへ
「今できることを精一杯やるしかない。この世界は頑張ったからみんながいい思いをできるという世界ではない。だけど、そこで腐ったり諦めたりしたら次にはつながらない。今できることに全神経を集中させて切り拓いていってほしい」

――今後について
「野球しかない状況だったので、これから先は何も浮かんでこないしイメージもわかない。ゆっくり考えてから、自分でできることが何かを考えたい。ただ、常に必要とされる人間でありたい」

――家族や奥様の支えもあったと思います
「僕がこういう状態が続いてから、僕にはわからないところでつらい思いや悲しい気持ちになっていたと思う。その家族や、知人、友人も嫌な思いをしてきたかと思うと胸が痛い。その人たちのためにもマウンドに上がりたいという思いでやって来たが、やめることを伝えたときにみんながよく頑張ったと言ってくれたので、ホッとしました」

――ファンの皆さんへ
「めげずに応援してくれた方もいてくれたので、その人たちのためにももう一度マウンドに立ちたいと思っていた。応援してきてよかったと思ってほしかったけど、その願いを叶えることが出来ず、まずお詫びしたい。そして、めげずに応援してくれて、待っていてくれて、心から感謝しています」

【王貞治会長コメント】
「気持ちを前面に出す、攻撃的な、とにかく存在感のある選手として、チームメートの意識改革に大きな役割を果たしてくれました。特に、負けない投手というのは得難い勲章であり、チームをリーグ優勝や日本一に導いてくれた功労者でもあります。
今回の決断は、彼が精いっぱいやってきた結果から導き出したものだと思います。第二の人生でも、今までの経験を活かし頑張ってください」

2013年7月29日掲載
田尻 耕太郎(ホークスオフィシャルメディア)

関連リンク > 斉藤 和巳

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