2020/03/16(月)選手

尾形投手とリチャード選手が支配下登録

3月16日(月)、尾形崇斗投手とリチャード選手が支配下登録されることになり、PayPayドームにて会見が行われました。これに伴い、尾形投手の背番号は「120」から「39」へ、リチャード選手は「127」から「52」に変更となります。また、ホークスで育成枠から支配下登録されたのは30、31人目(31、32例目)となりました。

尾形投手とリチャード選手はともに今季高卒3年目、現在20歳の若鷹です。

尾形投手は宮城県出身の右腕。福島・学法石川高校から2017年育成ドラフト1位で入団しました。昨年までの2シーズンで二軍公式戦の登板は5試合のみですが、三軍の非公式戦で多くの経験を積みました。昨季は25試合に登板して3勝1敗、防御率1.84。なかでも58.2投球回に対して86奪三振と特筆すべき数字を残しました。

リチャード選手も主戦場は三軍でした。昨季二軍では8試合、13打数1安打。しかし、三軍では12本塁打と自慢の長打力を発揮しました。

また、両選手とも昨季後のオフには台湾で行われたアジア・ウインターベースボールリーグに参加。尾形投手は10試合に登板して防御率0.77、11.2回を投げて23奪三振を記録。リチャード選手は同リーグ最多の3本塁打、同2位の17打点をマークしました。

そしてともに今春キャンプでA組に抜てきされ、オープン戦でもしっかりアピール。尾形投手は5試合に登板して1勝0敗、防御率0.00の安定感を発揮。リチャード選手は12試合出場で打率.273、2本塁打、4打点、長打率.682の成績を残しました。

以下、PayPayドーム内のプレスカンファレンスルームで会見に臨んだ両選手の、主な一問一答です。

――今の気持ちは?
尾形「心の底から喜べるというか、すごく嬉しい気持ちです。その喜びを今日は1日感じていたいと思います」
リチャード「支配下登録されてとっても嬉しいんですけど、やっとプロ野球選手になれたと思うので、ここから頑張りたいと思います」

――この一報はいつ、どのような形で耳にしましたか?
尾形「昨日の広島戦が終わってから帰りの新幹線に乗っているとき、球団の編成の方からお電話をいただきました。やはり両親だったり、これまで支えてくれた監督やコーチ、スタッフなどの裏方さんだったり、その感謝の気持ちが1番最初に思い浮かびました」
リチャード「自分も広島での試合が終わって、福岡に帰っている途中の新幹線でした。尾形の後ろに座っていて、向こうが先に電話がかかってきたので、もしかしたら自分もあるんじゃないかと思いながら待っていました。電話で『明日、球団事務所に』と言われてとっても嬉しくて、親に電話して、喜びながらまた頑張ると言いました」

――最初に連絡をしたのは?
尾形「僕も最初は両親に連絡をして、支配下登録が決まりましたと伝えたところ、今までにない位喜んでいた感じが分かりました。ここまで少しずつやってきたことが形になったのは良かったかなと思います」
リチャード「お母さんとお父さん同時に言ったので、英語で言いました(父親はアメリカ人)。とっても喜んでいて、自分も嬉しくなりました」

――新しい背番号についていかがでしょうか?
尾形「39番ということで最初に思ったのが、森さんと千賀さんの間だなと思いました。そのお二人に少しでも近づけるように、そして近づいて追い越せるように頑張っていきたいと思いました。あと感謝の“サンキュー”だなと思いました」
リチャード「良い番号だと思いました。52番はもともと川崎宗則さんがつけていた背番号。宗さんには(昨オフの)台湾でのウィンターリーグの時に、差し入れでチキンとかもらったりしていた。リチャード専用チキンも用意してもらっていた。とっても面白い人だなと思いました。自分も周りに愛される人間になりたいです」

――育成ドラフトで入団し、ここまで振り返ってみていかがでしょう?
尾形「育成選手の立場で入団してきて、いろんな苦しい思いもありました。なかでも僕が1年目のときのファン感謝祭の時。優勝パレードがあったんですけど、育成選手は出られない。2時間くらいドームで待機していたんです。その時にすごく悔しくて。パレードに出られない悔しさというのがすごくあった。みんながパレードをしている間、ウエイトトレーニングをしていました。その悔しさを持ち続けて、絶対に負けないと思いをこの2年間ずっと思いながらやってきました。これからもそのような思いは忘れないで、続けてやっていきたいと思います」
リチャード「育成の時はいろんな辛い思いもあったんですけど、今はそれも思い出に変わっています。でも、それを忘れずにこれから頑張っていこうという気持ちです」

――支配下入りの手ごたえをつかんだり、自分の中でターニングポイントとなった出来事は?
尾形「ターニングポイントはオフに台湾でのウインターリーグに参加させてもらったことだと思います。海外の慣れない環境の中で試合をして、自分の力を発揮する難しさはありました。球場のマウンドも違う。ただ、この先で一軍でプレーしていけば、様々な環境や状況、球場のマウンドにだって対応をしていかないといけない。その対応力を身につけさせてもらったと思います」
リチャード「自分は全部がターニングポイントだったと思います。いろんな人からアドバイスをもらいました。たくさんありすぎて、誰とか言えないですけど、強いて挙げるならオフの間に山川さん(ライオンズ)と自主トレをして、そこで打撃のことや考え方を勉強できました。それもターニングポイントだった思います。これからもたくさんのターニングポイントを作って成長していきたいと思います」

――ここまで支えになったのは?
尾形「両親だと思います。僕が投げた試合は三軍戦でも細かくチェックしてくれて、いつも連絡をしてくれて気遣ってくれていた」
リチャード「僕も両親に支えてもらったと思っています。三軍の試合とかでも見てくれていて連絡をくれました。今日もがんばったねという感じでメッセージとか電話をくれていた。心の支えというか毎日新しい気持ちで切り替えていけた」

――お互いはどんな存在?
尾形「去年まで三軍でずっと一緒にやってきて、台湾ウインターリーグでも一緒にやってきた。台湾では部屋も同じで、キャンプも一緒にA組。周りを見渡せばリチャードがいるという状況で野球をやってきた。昨日の試合(カープ戦)もサードみたらリチャードがいて、すごく安心したというか、僕の心を癒してくれた。そういう存在。1年目に入寮した時も一緒に目覚まし時計を買いに行った。リチャードが全然起きないということで、なんか危機感のある音の目覚まし時計を買おうと言ってた。つい最近のようです」
リチャード「そう言われてとっても照れるんですけど、自分も尾形が投げている時は、同級生の同期入団ですし意識をしていました。自分がたまに行くウエイトルームでは、尾形はいつも筋トレをやっていて、ほんとに意識が高いなと思っていました。1人で淡々とやっていて、教えてとお願いしてもあんまり教えてくれずに1人で突き進んでたんですけど(笑)。でも、こうやって一緒に支配下になって、とっても、とってもうれしいです」

――今年のキャンプ、オープン戦で成長したと感じるところは?
尾形「A組にいて、支配下が少しずつ近づいてきた中で、僕は自分自身にあえてプレッシャーというか重圧10月をかけてやっていました。対外試合が始まった時、最初の試合で結果を残せないようならこの先はもうダメだと考えて、絶対に何としても抑えてやるという気持ちでキャンプはずっと過ごしていた。今までの自分では逃げていたと思う。気持ちが先に負けてしまっていたんですけど、今年のキャンプでは自分と常に向き合えて、自覚を持って行動ができていたので、それに関して言えば成長できたというか、今までの自分を越えられたと感じました」
リチャード「僕も自分自身にプレッシャーをかけながらやってきた。オープン戦では尾形が投げている試合でホームランを2本打てた。もっと打ちたかったですけど。これからももっともっと泥臭くやりたいと思います」

――王会長や工藤監督からはどのような言葉を掛けられましたか?
尾形「おめでとうと言っていただいた。そして『勝負だぞ』と。僕自身、まだ何かを成し遂げたわけではない。これからチームの日本一やリーグ優勝などに貢献できるように頑張りたいと思いました」
リチャード「これからが勝負だと言ってもらえたので、これまで以上に頑張りたいと改めて思いました」

――新たなスタートです。どんな選手になりたいのか、ファンの皆さんへ報告をお願いします。
尾形「チームが苦しかったり流れが悪い時に、自分の一球で流れを変えていけるような、そして相手の流れを全部こっちに持ってこられるようなピッチャーになりたいと思います」
リチャード「僕はチームが苦しい時や、ここで1本欲しいという時に、ホームランとか長打とかを打てるようなバッターになりたいと思います。そして、ホークスは世界一を目指している球団なので、世界一のプレイヤーになれるように頑張りたいです」

――お互いにエールお願いします。
尾形「これからも変わらず、僕が投げたときはホームランを打ってください」
リチャード「分かりました、頑張ります。(尾形投手には)今まで通り大きな『オラァ』という声をあげて、いつの時もいいピッチングを見せてください。お願いします」

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