9月28日(火)、村松有人選手が20年間の現役生活からの引退を発表し、ヤフードームにて会見を行いました。
村松選手は1990年ドラフト6位で石川・星稜高校から福岡ダイエーホークスに入団。初出場は1992年8月11日の西武ライオンズ戦(西武)でした。「入団当初はまさか1軍でこれだけできるとは」と感じていたといいます。それでも自慢の快足を武器にチャンスをつかみ、1995年から1軍に定着。翌年には58個の盗塁を決めて盗塁王に輝きました。1999年の初優勝から福岡ダイエー時代の3度のリーグ優勝と2度の日本一に輝いたシーズンではすべて100試合以上に出場しました。2004年にオリックスブルーウェーブにFA移籍しましたが、2009年に福岡ソフトバンクホークスに復帰。「温かく迎えてもらったのが嬉しかった」と笑顔で振り返りました。
しかし、今季は1軍出場が1試合のみ。「ここ数年は自分の持ち味である足が、1軍のレベルで通用しないと感じていた。それが(引退を決断した)一番の決め手です」。前日の27日(月)には雁の巣球場でファームの選手たちによって引退セレモニーが行われました。ベースを1周して最後は本塁へヘッドスライディング。村松選手は盗塁の際にいつも頭から突っ込んでいく果敢な走塁を見せていました。「本当に嬉しかったです」と話し、その時の気持ちを振り返ろうとした時、涙が止まらなくなりました。
「みんなとプレーができない。もう終わりなんだという気持ちで、本当にさみしい思いでした」
1番の思い出は1999年の初優勝です。「王監督を胴上げしたことが一番嬉しかった」。悔しい思いをしたこともありました。1軍に定着し始めた1995年に日生球場で生卵をぶつけられたこと。「本当に悔しかった。何が何だか分からなかったが、あの悔しさをその後の野球人生にぶつけようとここまでやってきました」。目にはまた涙が溢れていました。
しかし、いつも温かい声援をいただいたファンの皆様への感謝の気持ちを忘れたことはありません。「もっと叱咤激励の声があってもいいのかなと思うほど、温かく応援していただきました」。
今後はスカウトとして球団の編成・育成部入りします。
「とにかく野球に没頭できる、野球に生涯をささげられる選手を見つけたい」
第2の“韋駄天”を探す新しい人生へ、村松選手はまた挑戦していきます。
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