2011/11/09 (水)
選手

柴原選手が引退会見「常勝ホークスでの15年は、僕の誇りです」

動画キャプチャ

ホークス動画一覧を見る

柴原選手引退会見

動画を見る

動画キャプチャ

ホークス動画一覧を見る

柴原選手からファンの皆様へ

動画を見る

※iPhone/iPadにての動画視聴に時間を要しておりますので、あらかじめご了承ください

選手画像

選手画像

選手画像

11月9日(水)、柴原洋選手がホークス一筋15年間の現役を引退することを発表し、ヤフードーム内にて会見を行いました。

柴原選手は福岡県北九州市出身で、北九州高校から九州共立大を経て1996年ドラフト3位で福岡ダイエーホークスに入団しました。初出場は1997年4月5日のライオンズ戦(西武ドーム)。2年目の1998年には111試合に出場し、外野の一角に定着。1999年のホークス福岡移転後初優勝にも大きく貢献し、リーグ連覇した2000年と日本一に輝いた2003年には打率3割もマークするなど、走攻守すべてにおいてファンを沸かせるプレーを見せました。また、入団時は背番号「31」でしたが、ともにプレーをしてきた秋山幸二・現監督への憧れから、2004年より「背番号1」を背負い続けてきました。

球団名が福岡ソフトバンクホークスとなった2005年には開幕戦で決勝ホームラン。これが「福岡ソフトバンク1号」の一発でした。2008年にはまたも開幕戦で逆転サヨナラ3ラン。開幕戦での逆転サヨナラ弾は史上2人目の快挙でした。

実働15年で1452試合に出場。打率.282、通算安打は1382本、本塁打54、打点463、盗塁85をマーク。ベストナイン2回(1998年、2000年)とゴールデングラブ賞(2000年、2001年、2003年)にも輝きました。

会見の冒頭で「たくさんの方に支えられた15年間でした」と挨拶した際には言葉に詰まる場面もありましたが、会見中には笑顔も見せるなどこの15年間ですべてを出し尽くした充実感を垣間見ることもできました。

一番の思い出は、という質問には「プロ初安打を福岡ドームで打てたこと」と、1997年4月13日のオリックスブルーウェーブ戦での一打を挙げました。また、「この常勝ホークスの中でプレーさせていただいたことは僕の誇り。その場に居られたことが嬉しかった」と振り返りました。

しかし、ここ数年は腰痛などもあって出場機会が減少。「引退を決断したのはこの1週間くらいの間だったけど、この1年は考えるものがあった。今季終盤に一軍に上がったが、若い選手のガムシャラさを見て、アイツらを上回る気持ちがあるのかと自問自答した。それがないと思ったし、ここ数年は僕の思っている野球、『打って、守って、走る』が揃う野球ができなくなっていた」と現役引退に至った経緯を話しました。

それでも、柴原選手には、いつもヤフードームで大きな声援が飛んでいました。「その声に後押しされたから、ここまでやってくることが出来た。感謝してもしきれないくらいです」と笑顔。「本当は泣きたい。嬉し泣きもしたい。けど、『ありがとう』という言葉で」と話すと、しかし、目には涙が溜まっていました。

今後については未定としながらも「僕自身はまたホークスに帰ってきたい。コーチとして戻ってきたい。今からは、それに向けた野球の勉強をします」とビジョンを明かしました。

柴原選手、15年間本当にお疲れさまでした。そして、たくさんの夢と勇気を、ありがとうございました。

2011年11月9日掲載
田尻 耕太郎(ホークスオフィシャルメディア)

関連リンク > 、
関連リンク > 試合日程・結果
関連リンク > 順位表
関連リンク > メディア出演情報
関連リンク > チケット情報を見る

ケータイ公式サイトならいつでもどこでも!

ホークスケータイ公式サイトでは、さらにたくさんの選手動画を公開しています。選手たちの近況が気になる方、生のメッセージをご覧になりたい方はぜひアクセスしてください。
※ご利用には会員登録が必要になる場合があります

ケータイ公式サイトへはQRコード(対応機種)もしくは下記メニューリストからアクセスしてください。

QRコード

Yahoo!ケータイでホークス!(ソフトバンク)

Yahoo!ケータイ>メニューリスト>スポーツ>野球・大リーグ>ソフトバンクホークス

iモードでホークス!(NTTドコモ)

iMENUメニュー>メニューリスト>スポーツ>[2]野球>ソフトバンクホークス

EZwebでホークス!(au)

EZメニュー>トップメニュー>カテゴリで探す>スポーツ>野球>ソフトバンクホークス

選手一覧へ戻る
  1. トップ
  2. ニュース一覧
  3. 柴原選手が引退会見「常勝ホークスでの15年は、僕の誇りです」